2019年10月10日

至れり尽くせりの“手ぶら体験”に、ビジネスチャンスあり!!

最近のアウトドアは、フラッと手ぶらで出掛けて、手軽に体験できるらしい。BBQやキャンプ、登山、ジョギングなどが、何の用意もせずに楽しめるようだ。

BBQやキャンプをしたいと思えば、必要な道具や食料をすべて準備してくれるサービスがある。足を運べば、「さぁ、どうぞ!」と、すべてがセッティングされているのである。後片づけまでやってくれる。

登山をしてみたいと望めば、必要なウェアや道具をすべてレンタルできるサービスもある。

健康のためにジョギングを始めたい。仕事帰りに走りたいと思えば、ウェアやシューズがレンタルでき、ロッカーやシャワーが用意されている施設もできている。

「やってみたいが道具がいるし、お金も掛かる」と躊躇する人は多いだろうが、こうした“手ぶら”サービスがあれば、気軽に始められて、もし合わなければ、すぐにやめられる。お試し体験で楽しいことがわかれば、本格的に始めれば良い。

消費者の欲求を的確に捉えた、優れたビジネスモデルだと言える。

他にも、「手ぶらで引っ越し」を謳っているサービスがある。これは、家具や家電のレンタルで、従来から存在するが、「モノを所有しない合理性」を美徳とする現代の指向に合っている。

本当に気に入ったものだけを買うための“お試し”だとも言える。自分の好みに合うのかどうか。本当に楽しいのか。それを見極めるためには、“お試し”が有効である。

あらゆるところで“手ぶら体験(お試し)”ができれば、これまで手を出さなかった世界にも、興味を持つようになるかもしれない。これは、あらゆる分野のビジネスチャンスである。

消費者に“手ぶら体験”をさせる方法を考えてみれば良い。

posted by 佐藤きよあき at 09:37| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月03日

沖縄・石垣島のスーパーに、台湾人が殺到する理由。

いま、石垣島が熱い。外国人旅行者が年々増加している。そのうちの8割が台湾人だという。食と観光、ショッピングが目的で、特にショッピングに重点を置いている。

なぜ、台湾人がわざわざ買い物にやって来るのか。東京・大阪ではなく、石垣島を選ぶ理由は何か。そこには、石垣島の観光戦略が隠されていた。

石垣島は、ほんの数年前まで僻地だった。本土から行くにも、沖縄本島経由でしか行けなかった。自然豊かな、美しい島でありながらも、その不便さゆえに、観光客は頭打ちとなっていた。

ところが、2013年に新空港ができ、本土からの直行便が頻繁にやって来るように。これで、一気に観光客が増えた。

それだけではない。台湾からの直行便もチャーター便も増えている。台湾からすれば、石垣島はもっとも近い外国なのである。しかも、台湾人にとって日本は非常に魅力的な国である。そこに、約1時間で行けてしまうのだから、気軽に足を運ぶようになる。

また、台湾・石垣間には、豪華クルーズ船が就航するようになった。贅沢な船の旅を楽しみながら、気軽に海外旅行ができるのである。

しかも、このクルーズ船は、2泊3日で約3万3千円からと、非常に安くなっている。空と海の玄関口が整備されたことで、外国人、特に台湾人が来やすくなったのである。

そんな台湾人にもっとも人気のあるスポットが、沖縄のローカルスーパー「サンエー」である。ここを目的にやって来ると言っても良いくらい、台湾人で溢れかえっている。

特に変わったものを売っているわけでもなく、ごく普通のスーパーである。彼らの目当ては、菓子・薬・フルーツなどである。

日本の菓子や薬が、アジア系の人に人気があるのは周知のことだが、フルーツの宝庫である台湾の人が、なぜ日本のフルーツを買うのか。

台湾人は口を揃えて言う。「日本の桃が旨い」と。台湾のフルーツは水分が多く、水分補給のために食べている。だが、日本のフルーツは甘みが強く、味が濃い。

中でも桃が大人気で、続いてイチゴ、リンゴとなる。そんなフルーツを求めて、スーパー「サンエー」に行くのである。

この店が特別なフルーツを揃えているわけではない。だが、台湾人の間では「ここに行け!」という情報が拡散されているようだ。

SNSによると思われるが、それが元で、ツアーバスがこの店に連れて行くようにもなった。他にもスーパーはあるのだが、なぜか「サンエー」である。沖縄県下では最大規模のチェーン店なので、その品揃えで選ばれているのかもしれない。

当たり前のことだが、商品のほとんどが日本製である。ということは、台湾人にとってはほとんどが「ジャパンブランド」なのである。信頼できる品質で、安心して買うことができる。

菓子も薬もフルーツも。どれもこれもが魅力的に見えるだろう。買うこと=楽しいこと、なのである。

台湾人は、石垣島の美しい自然を愛で、石垣島の食を堪能し、ショッピングを楽しんで、帰って行く。

こうした状態を創り出すまでには、石垣島の人たちの地道な努力があった。偶然、石垣島が注目されたのではない。

新空港の開港、石垣港の整備、石垣市職員の台湾駐在、台湾と石垣との交流イベントなど、観光客誘致のための働きかけを、何年にも渡って続けてきたのである。その結果、いまの成功に繋がっているのである。

最近では、「公衆WiFiの設置」や「観光アプリの開発」にも取り組み、より快適な旅を提供しようとさらなる努力をしている。地方の一都市、離島が、そこまでやることはない。だが、石垣島はやってのけたのである。

日本における観光立国の先駆者だと言っても良いだろう。観光資源に胡座をかかない取り組みが、見事な成果に繋がったのである。

posted by 佐藤きよあき at 08:24| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月26日

赤字鉄道への税金の投入は、正しいのか?

「ぬれ煎餅」で一躍有名になった銚子電鉄。鉄道事業の赤字を解消するために考えた「ぬれ煎餅」が爆発的に売れ、廃線の危機を乗り越えた。ところが数年経ち、鉄道事業のさらなる悪化が進み、再び廃線の危機となっている。

乗降客が、ぬれ煎餅で注目された頃の約半分にまで落ち込んでいるという。いまでは、鉄道事業の売り上げが、ぬれ煎餅の4分の1となってしまった。

車両をはじめ、設備の老朽化が進んでいるが、買い替えや整備の費用が捻出できないでいる。ぬれ煎餅では補えない金額のため、銚子市に支援を求めているが、市も財政難を理由に、難色を示している。このままでは、廃線となる。

赤字鉄道の廃線はよくあることだが、行政の支援によって、存続されるケースも多い。その判断の基準は、「地域住民がどれほど必要としているか」。すなわち、公共性。これが、第一義である。

では、銚子電鉄の場合はどうか。2011年の年間乗車数が、約48万人。1日にすると、約1300人。ここには観光客も含まれるため、実質“必要とする人”がどれほどいるかは不明。銚子市の人口は約68,700人なので、仮に毎日利用する必要者が1300人だとしても、全体の52分の1である。

ここに、数億円の税金を投入することは、本当に正しいのか。利用しない約67,000人の税金も使わなければならないのである。数が少ないから切り捨てても良い、ということにはならないが、税金の投入には慎重であるべき。バスの代替で賄えるのではないのか。

会社としても、公共性を考えて副業で補ってきたのかもしれないが、“ビジネス”としては間違った方法である。副業で本業を支えても意味はない。一時的に支えたとしても、その間に本業をテコ入れしなければならない。銚子電鉄は、ぬれ煎餅に甘えてしまったのかもしれない。

本業に見込みがなくなった以上、「不採算部門」として整理するしかない。ここで、もし税金を投入したら、市の財政を圧迫し続け、住民サービスに影響が出てくる。それは、避けなければならない。

posted by 佐藤きよあき at 14:22| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月19日

「ふるさと納税」したくなる町づくりを。

「ふるさと納税」の制度が始まり、その寄付金によって潤った町もある。郷土への想いや応援したいという願いを、眼に見えるカタチで届けることができるようになった。その点においては、一応の成果があったと見ることはできる。だが、問題がないわけではない。

寄付することによって、所得税と住民税が控除されるのだが、それは居住地への納税が軽減されることを意味する。つまり、居住地の税収が少なくなるということである。

納税者は居住地で住民サービスを受けているにも関わらず、他の地域に税金の一部を支払っていると捉えることもできる。これは、矛盾しているのではないか。寄付するのは勝手だが、それによって居住地の税収が減るのは間違っている。

また、寄付する先が片寄るという問題もある。みんなが郷土に寄付するのなら良いが、好きな町に寄付する人も多い。自然豊かなところだから、歴史があるから、という理由で寄付すると、かなり片寄ることになる。

そういう地域は潤い、そうではない地域には誰も見向きもしない、ということも起きてくる。こう考えると、この制度は廃止した方が良いのではないかと思えてくる。だが、一度導入したものを即撤回することはできないだろう。

ならば、発想を転換して、もっとこの制度を利用する方法を考えるべきではないか。町づくりに活用するのである。

いま、「ふるさと納税」を伸ばすために、各地域では、寄付してくれた人に特産品をプレゼントするなどして、一所懸命に呼びかけている。モノで釣ろうとしている。だが、そんなことで寄付する気にはなれない。

その地域への思い入れがなければ、寄付しようという気にはならないのである。思い入れ、すなわち町に何らかの魅力があるということ。好きな町であるということ。

好きになってもらえる町にならなければいけない。「ふるさと納税」したくなる町づくりをしなければならないのである。魅力ある町ならば、行ってみたくなるし、寄付もしたくなる。住みたいと思うようになるかもしれない。

モノで釣るような、一過性の寄付では何にもならない。一部の人たちによって、ネット上には「どこに寄付するのが得か?」といった情報も流されているが、そんな不純な動機では、何の意味も持たない。純粋な寄付をしてもらえるような町づくりを目指すべきである。

posted by 佐藤きよあき at 09:22| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月12日

ローカルブランドを創る。

レトロなビンやラベルが、お洒落、可愛いと、「地サイダー」が人気となっている。

青森の「朝日サイダー」、兵庫の「ありまサイダー」、愛知の「日の丸サイダー」など、国内に60弱のメーカーがある。

地元だけで飲まれていたサイダーだが、いつの間にか注目されるようになり、全国へ出荷するメーカーも出てきた。

レトロブームやB級グルメが、影響しているようである。

大手メーカーが次々に送り出すモノに飽きてきた消費者が、小さいながらも、堅実に操業している地方のメーカーに、眼を向けるようになったのである。

地方には、ユニークな商品が数多くある。和歌山・北山村だけで穫れる柑橘類「じゃばら」を使ったジュースや、徳島・那賀町の家庭で使われていた「柚子醤油」などが、ネットで注目され、その販売を伸ばしている。

サイダー、ジュース、醤油という商品は、ごく一般的なものだが、その名前の前に「地」がつくことによって、全国的に注目を集める可能性を高めているのである。

つまり、どこにでもあるモノを、その地方なりの方法で作れば、それが「地○○○」となるのである。

posted by 佐藤きよあき at 10:35| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月05日

デジタルのない世界に惹かれる。

岩手県野田村に、「苫屋(とまや)」という民宿&カフェがある。築150年以上という、南部曲がり家を改装してオープンした。

改装といっても、お洒落になったわけではなく、元の農家そのままの佇まい・風情となっている。それが却って魅力となり、口コミが広がり、全国から、海外からも客がやって来るようになった。

この民宿の魅力は、古さ故の風情だけではない。電話もテレビもない。宿泊の予約は、手紙かハガキで
しなければならない。電話がないので、問い合わせさえできない。

民宿独自のホームページもないので、当然メールも使えない。すべてが、アナログなのである。

宿泊施設に電話がないなど、現代とは思えないところに驚かされる。だが、これが魅力となっているのである。

デジタルがなければ生活できない人たちにとって、非常に新鮮で、未知の世界である。心躍り、惹かれてしまう。

ランプの宿に人気があったり、手づくりの職人技が注目されたり。デジタル化が進むほど、人びとはアナログにも興味を示すようになるのである。

posted by 佐藤きよあき at 14:23| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月29日

「YouTube」で情報を流せ!

テレビで紹介された会社や店が、次の日から注文殺到で大忙し、ということはよくある。売り上げの伸びない会社や店なら、羨ましくもあり、夢でもあり。

取材されるように仕掛けることもできるが、容易ではない。だが、ネット時代のいまなら、テレビに出演するくらいの集客効果を生み出すことも不可能ではない。

動画配信サイトを活用するのである。

たとえば、「YouTube」。国内のみならず、世界中に情報を流すことができる。

いま日本を訪れる外国人の中には、「YouTubeで観た」と言って、その場所や店にやって来る人もたくさんいる。

「YouTube」を観る人は、国内のテレビを観る人より、圧倒的に多いのである。こんな強力なPRメディアを活用しない手はない。

いまは、映像を撮ることも、編集することも、サイトにアップすることも簡単である。プロの知識は必要ない。本格的なビデオカメラでなくとも、デジタルカメラやスマホでも動画は撮影できる。

プロのような仕上がりも不要。素人っぽさが、逆にリアルな映像として捉えられる。

会社や店のドキュメンタリーを撮って欲しい。商品が誕生する過程を見せれば、人びとは興味を持ってくれるのである。

あなたが知っている、ありきたりなことでも、世の中の人びとは知らないのである。

posted by 佐藤きよあき at 08:39| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月22日

町ぐるみで芸能人をサポートする。

セクシー女優・杉本彩は、居住する地元にダンス教室を開き、地元でイベントがあるたびにダンスを披露し、多くの人を集め、地域に貢献している。

チータこと水前寺清子は、チータのスケジュールによって、地元のお祭りの日程が決まるほど、地域に溶け込んでいる。

地域の人びともまた、その芸能人をみんなで応援している。

こうしたことは、テレビでも取り上げられやすく、話題になり、観光地的なスポットになる。

もし地元が、有名人の出身地、映画やドラマのロケ地などではない場合には、芸能人に居住することを打診してみるのも、面白い取り組みになる。

「地域が全面的にバックアップします」という条件提示があれば、住んでもらえるのではないだろうか。

芸能人は、地域活性化の強力な起爆剤となる。

posted by 佐藤きよあき at 09:03| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月15日

「萌えキャラ町おこし」を地域住民は喜んでいるのか?

事のはじまりは、4コマ漫画から発展したアニメ「らき☆すた」に登場した、実在する神社である。女子高生の学園生活を描いた内容で、埼玉県久喜市に実在する鷲宮神社が、ファンの注目を浴びるようになる。

この神社が、「らき☆すた」人気に便乗したことをキッカケに、町全体が「らき☆すた」による町おこしに力を入れ始めた。これが、「萌えキャラ町おこし」の起源だと言える。

漫画の人気もあって、ヲタクだけではなく、女の子たちもこの町にやって来るようになった。地元では、「らき☆すた」グッズや土産物の販売、婚活イベント、スタンプラリーなども行われ、その経済効果は数十億円とも言われる。

関連商品を扱う商店や飲食店は客が増え、“らきすた様々”と言ったところか。町おこしの成功事例として、度々マスコミにも登場するようになった。

だが私は、これを町おこしの成功事例と呼ぶには、少々疑問を持っている。

町おこしとは、地域の活性化のこと。そこに住む人びとが、豊かで楽しく、生き生きと暮らしていける環境を創ることである。そして、誇りを持って、他所の人に町を自慢できることである。

この町の人びとは、「らき☆すた」の舞台であることを自慢しているだろうか。そもそも「らき☆すた」を読んだこと、観たことはあるのだろうか。

人気があるから、便乗しているだけではないのか。人が集まれば、それが町おこしだと錯覚しているのではないか。

喜んでいるのは、神社・商店・飲食店だけである。だが、それは、儲かるようになったから、ちょっと顔がほころんでいるに過ぎない。本当の笑顔になっているわけではない。

何の恩恵も受けていない住民は、若い女性のキャピキャピ声が騒々しいと思っているかもしれない。不気味にも見えるヲタク軍団を怖がっているかも。

特に中高年からすれば、理解の範疇を超えた、わけのわからない“萌えキャラ”とやらが町に氾濫し、別世界の生物が、自分の家の前をウロウロしているのである。喜ばしいことでは、まったくない。

住民の喜ばないことを町おこしとしてやっても良いものか。

キャラクターによる町おこしを否定するわけではない。

兵庫県・宝塚市の手塚治虫。
鳥取県・境港市の水木しげる。
宮城県・石巻市の石ノ森章太郎。

これら漫画家の生まれた故郷が、その人物や作品をテーマに町おこしをしているが、誰もが知る偉人とも言える人たちであれば、住民も誇りを持って、自慢できるのである。

だが、萌えキャラにはその力が無い。一部の人間が喜んでいるに過ぎない。

確かに、ヲタクやマニアを相手にするビジネスは、手堅い面もある。萌えキャラをあしらったお米が売れたり、ボディに萌えキャラがペイントされたタクシーに人気が集まったり。価格を高く設定しても、売れる可能性が高い。ビジネスとして考えるなら、戦略の柱とすることもできる。

だが、町おこしには向かない。住民のほとんどは、ヲタクでもマニアでもないので、「萌えキャラの町」に愛着を感じることはない。自慢することもない。

住民が笑顔にならない町おこしは、やるべきではない。

posted by 佐藤きよあき at 07:50| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月08日

シャッターを外せば、シャッター通りではなくなる。

全国に広がるシャッター通り商店街。量販店・ショッピングセンターの台頭により、一軒また一軒とシャッターを下ろしていく。寂れた商店街には、貧乏神が舞い降り、冷たい風を吹き込んでしまう。こうなると、時すでに遅し。99%、打つ手はない。

あちらこちらの地域で、産官学連携での支援に取り組んでいるが、成果を上げているという話はほとんど聞かない。私は、さまざまな事例を見ているが、そのどれもが的外れだと言わざるを得ない。

もっとも間違っている支援は、“集客”を第一に考えているもの。「人が来ないのだから、来るようにしよう」と、イベントを企画してしまうことである。

芸能人を呼んだり、縁日を開催したり。無料カフェや結婚式など。1日限りのイベントに力を入れている場合が多い。集客に成功したとしても、後には続かない。

まったくの無駄。効果はゼロ。なぜ、商店街に人が来なくなったのか、という根本を考えなければならない。

量販店に人が行くようになったのはなぜか。価格の安さもあるのだが、1ヵ所で買い物を済ませることができるからである。利便性を優先させた結果が、量販店の選択なのである。それだけではない。品揃えの豊富さも大きな要因となっている。

価格・利便性・品揃え。これらを兼ね備えた量販店に、個人商店軍団はどう立ち向かえば良いのか。

その答えは、難しく語るまでもなく、「個性の強い店になる」である。量販店に無いものを“売り”にするしか、方法はない。99%打つ手はないと言ったが、残り1%がこれである。

量販店に無ければ、個人商店に行くしかない。そんな個性を持った店を生み出すことができれば、量販店など、もう怖くはない。敵は存在しなくなる。シャッター通り商店街に必要なのは、そんな店である。

だが現状では、戦意喪失した店主たちが愚痴ばかりをこぼし、新しいことに取り組む意欲もない。

そんな寂れた商店街をなんとかしようと政府が支援策を打ち出しているが、税金の減免や補助金の支給など、いつものように金のバラまきのみで、効果的な具体策は持ち合わせていない。どうすれば良いのかもわからない商店街に、金だけを渡したところで、捨て金になってしまうだけである。

シャッター通りを解決するには、まずはシャッターを外してしまうことが重要なのである。シャッターがなければ、不名誉な名前で呼ばれることはなくなる。

つまり、言いたいのは、日中にシャッターが下りないように、空き店舗をなくすことが最重要課題なのである。そのためには、イベントの開催ではなく、まずは商店街に個性の強い店を集めることから始めなければならない。

現在営業している店も、やる気になって真剣に個性づくりに取り組むべきである。「歳を取っているから、もうできない。若い人たちに託したい」などと逃げていては、絶対に成功しない。その及び腰が、シャッター通りを作ったのである。

このままでは、日本中どこも同じの、つまらない量販店ばかりになってしまう。消費者は、楽しい店・面白い店で買い物をしたいのである。

posted by 佐藤きよあき at 09:26| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする