2019年12月12日

地元の仏像にあやかれ!

仏像ファンは多く存在する。展覧会には行列。ガイド本も増刷。1万5千円もする写真集が売れていることでも、その人気は確認できる。

奈良や京都の仏像を巡るツアーも大人気で、地方の無名な仏像を訪ねるツアーも企画されている。仏像のフィギュアまで存在する。

ハッキリ言って、便乗商法だが、これを利用する手もアリ、ではないだろうか。

地元の無名な寺にある、無名な仏像をデザインした商品を開発するのである。煎餅、饅頭、Tシャツ、風呂敷、手ぬぐい、扇子など。これをリアル店舗とネットで販売する。

仏像ファンは、必ず見つけ出してくれる。人が集まれば、注目され、「にわか仏像ファン」も増殖するだろう。

posted by 佐藤きよあき at 09:20| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月28日

地方経済の活性化には、国民的ドラマが欠かせない。

日本国民は、テレビドラマが好きだ。テレビの歴史とともに数々のドラマが生まれ、人びとは娯楽のひとつとして、生活に根づかせている。

流行したドラマは、共通の話題となり、コミュニケーションにもひと役買っている。また、そこから生まれた流行語は、人びとを笑顔にするネタとして、芸人だけではなく、一般人の間でもうまく活用されている。

ドラマに登場したロケ地には多くの人が集まり、観光地として生まれ変わり、町おこしにも繋がっている。さらに、ドラマで使用されたファッションや雑貨などにも注目が集まり、メーカー・小売店が繁盛することとなる。

それだけではない。ドラマに関連した商品が次々に開発され、それも売り切れるほどだというから、その効果は絶大である。

ドラマが流行れば、さまざまなメリットがあるようだ。あまりデメリットはないように思う。どんどん制作してもらいたいものだ。

できれば、これまであまり陽の当たっていない地域や分野のドラマを作って欲しいところだ。町工場や伝統工芸などにスポットが当たれば、興味を持つ人も増え、そんな仕事に就きたいと考える人も出てくるはずである。

ユニークな発想をする、才能ある脚本家が増えているので、地味な世界であっても、面白可笑しく表現してくれるのではないか。

ドラマの流行は、あらゆる分野の経済活動に刺激を与える可能性が高い。積極的な消費行動をもたらす。すなわち、経済の活性化に繋がる。

posted by 佐藤きよあき at 10:16| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月07日

移住者に事業を譲渡する。

若年層の移住にとって、もっとも大きな問題は仕事である。夢を実現させようとしても、稼ぐ手立てがなければ、まさに夢物語になってしまう。

行政も移住を促進するなら、できる限りお手伝いすべきである。そのためには、仕事を紹介する制度を確立する必要がある。

就職先を探すのはもちろん、起業する人の支援も考えてはどうだろう。

そのひとつとして、「事業継承希望者バンク」を提案する。

田舎は元々就職先が少なく、昔から、自分で仕事を始める人が多いことから、個人商店や小さな工場が結構存在する。だが、高齢化・過疎化とともに、後継者がいないことから、廃業する人も多い。

これらの事業の後継者として、移住者に託すのである。

イチから起業することを考えれば、経営資源が揃っている既存事業を受け継ぐことは、ハードルが低くなる。

移住希望者の中には、起業を夢見る人も多いので、チャンスとして注目してもらえるのではないだろうか。

起業を望む人と事業を残したい人を引き合わせることができれば、移住者も増えて、町の活性化にも繋がる。

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2019年10月31日

高知県から“かつお”が消える日。

高知県と言えば、まず思い浮かぶのが“かつおのたたき”。それ以外には……浮かばない。それほど“かつおのたたき”の印象が強いのか、それとも他には何もないのか。

よくよく考えてみると、四万十川や坂本龍馬、はりまや橋程度は浮かんでくる。だが、清流として有名な四万十川もどんなところなのかはあまり知らない。映像を見ることも少ない。PR不足なのか。

坂本龍馬像の建つ桂浜には行ったことがあるが、非常に小さな浜で、観光地と言うには力不足である。

はりまや橋は、「日本三大がっかり名所」のひとつと言われ、ハッキリ言うと“しょぼい”。

そう言えば、300年以上続いている「朝市」もあるが、日曜日しかやっていない。観光客も来ているが、圧倒的に地元の人が多い。

やはり、高知県は“かつおのたたき”しかないところなのである。高知県人には怒られるかもしればいが、唯一の観光資源なのではないか。

「他にももっと良い所はあるよ」と高知県人は言うだろうが、他所の人に知られていなければ、無いに等しい。

その大切な“かつお”が獲れなくなっている。最盛期の10分の1程度になっているという話もある。なぜ、こんなことになってしまったのか。

考えられる理由としては、「海水温の変動」と「他国によるフィリピン沖での乱獲」である。自然現象に文句を言っても仕方がないが、他国の乱獲は腹立たしいことだろう。

“かつお”は、フィリピン沖から黒潮にのって、日本近海へとやって来る。その源流とも言える場所で、大量に獲られてしまうのである。

だが、文句の言える筋合いではない。海は誰のものでもない。他国が新しい産業として“かつお”を獲り始めたことを中止させるわけにはいかない。産業として成り立っているのなら、今後もかつお漁をやめることはない。

また、海水温の変動も現在の地球環境を考えれば、元に戻るとは考えづらい。すなわち、これまで高知沖まで来ていた“かつお”の群れが、その姿を消してしまうことは、容易に想像できる。

「自然のことだから、どうなるかはわからない」と思いたいだろうが、その期待を持ち続けるのは危険である。

早く別の手を打たなければ、取り返しのつかないことになる。いま、考えなければならない。

“かつお”に代わる海産物。“かつおのたたき”に代わる観光資源を。

高知県は、人口の減少でもワースト上位をウロウロしている。観光ばかりではなく、地元の人が住み続けたくなる魅力づくりをも考えなければならない時である。

posted by 佐藤きよあき at 08:50| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月24日

コンビニは地域の救世主となるか?

スーパーマーケットの業績は頭打ちだが、コンビニエンスストアはまだまだ伸び続けている。大型スーパーの近くであっても、地方都市であっても、コンビニは次々に出店する。

なぜ、これほどまでにコンビニは増えていくのか。お客さまを取り合って、潰れはしないのか。

その秘密は、コンビニの商圏にある。半径500m。1店舗につき、こんな小さな商圏で商売が成り立つ。もちろん、周辺人口によっても変わってくるが、概ねこの程度の商圏で、利益を上げることができる。

つまり、地域密着型商店の見本のような存在である。歩いて行ける距離にあり、食料品、日用品、酒、ギフト、雑誌を売っている、便利なお店である。

それだけではない。公共料金の支払い、荷物の送付・受け取り、チケットの購入、コピー、デジカメプリント、音楽のダウンロード、ATMなど、生活に必要なサービスがほとんど揃っている。近くにコンビニさえあれば、特に不自由のない生活ができる。

最近は、小分けした野菜やひとり分の惣菜などが充実して、高齢者にもよく利用されるようになった。スーパーの撤退によって、買い物難民になっている人たちにとっても、有り難い存在となっている。

コンビニのような“何でも屋的商店”は、かつて日本中にあり、地域の人びとに愛されていた。しかし、スーパーの台頭で姿を消していった。

田舎にはまだまだ残っているが、高くて品揃えも悪いので、車で遠くのスーパーに行くことが多い。

コンビニとの違いは、価格、サービスの種類である。前述したように、コンビニはあらゆる機能を持ち、非常に便利。

価格においても、大量仕入れで安くなっている上、PB商品を増やすことで、スーパー並の価格で提供している。“便利この上なし”といったところか。

日常の買い物に苦労している人は多い。特に高齢者はそう。そんな人たちにとって、コンビニはまさに救世主。生きることを支えてくれている。

ローソンのキャッチフレーズである「マチのほっとステーション」が、ずばり的を射ている。今後ますます、そうなっていくだろう。

欲を言えば、山奥にもコンビニを出店してもらいたいところだが、どう採算を取るかが問題だ。

少し前に話題になったが、郵便局との合体型のように、複合的な収入確保が必要となる。が、できないことではない。

posted by 佐藤きよあき at 09:02| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月17日

大人げない対応をしてしまった「道後温泉」。

日本三古泉のひとつ、愛媛県松山市の道後温泉。2014年、この地に格安温泉宿泊施設の「湯快リゾート」が進出した。

経営難に陥ったホテルを買い取り、リノベーションするカタチでの新規スタートを切った。その名を「道後彩朝楽(さいちょうらく)」と言う。

特に違和感なく、道後温泉の施設であることはわかるのだが、本来なら「道後温泉彩朝楽(さいちょうらく)」となるはずだった。なぜ、“温泉”の文字が消えてしまったのか?

それは、道後温泉旅館協同組合が、源泉の使用を拒否したからである。明確な理由は示さず、湯快リゾート側の申し入れを頑なに拒んだ。

この問題が表に出てからは、「手続きの不備があったため」と釈明しているが、答えになっていない。明らかに感情的な対応であることはわかる。

安くて人気のある巨大な施設が進出して来るのは、面白くないことだろう。客を奪われ、経営が苦しくなる施設も出てくるかもしれない。

だが、「温泉は使わせないからな!」という大人げない対応は、恥ずかしいのではないか。自由競争の社会で、こんな子どもじみたことを言っていては、伝統ある温泉地のイメージダウンになりかねない。現にネットでは、「村八分だ!」「嫌がらせだ!」という声も多数出ている。

巨大な新参者が出現したからといって、営業妨害のようなことをするのは良くない。脅威かもしれないが、正々堂々と勝負するしかない。

また、必ずしも客を奪われるとは限らない。人気ある施設が進出することで、衰退しかけた観光地が復活した例もある。観光地として再び注目を浴びれば、他の宿泊施設も客は増える。雇用も増える。すなわち、地域の活性化にも繋がるのである。すべてにおいて、相乗効果が期待できるようになる。

そうなるためには、既存の施設も新参者も関係なく、協力し合って、温泉地全体での集客を考えなければならない。温泉を使わせなかったところで、湯快リゾートの力を考えれば、営業妨害にさえならない。ならば、協力し合う方が得策なのではないか。


※その4ヵ月後、道後温泉旅館協同組合は、批判を受けて、彩朝楽の入会を許可している。

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2019年10月10日

至れり尽くせりの“手ぶら体験”に、ビジネスチャンスあり!!

最近のアウトドアは、フラッと手ぶらで出掛けて、手軽に体験できるらしい。BBQやキャンプ、登山、ジョギングなどが、何の用意もせずに楽しめるようだ。

BBQやキャンプをしたいと思えば、必要な道具や食料をすべて準備してくれるサービスがある。足を運べば、「さぁ、どうぞ!」と、すべてがセッティングされているのである。後片づけまでやってくれる。

登山をしてみたいと望めば、必要なウェアや道具をすべてレンタルできるサービスもある。

健康のためにジョギングを始めたい。仕事帰りに走りたいと思えば、ウェアやシューズがレンタルでき、ロッカーやシャワーが用意されている施設もできている。

「やってみたいが道具がいるし、お金も掛かる」と躊躇する人は多いだろうが、こうした“手ぶら”サービスがあれば、気軽に始められて、もし合わなければ、すぐにやめられる。お試し体験で楽しいことがわかれば、本格的に始めれば良い。

消費者の欲求を的確に捉えた、優れたビジネスモデルだと言える。

他にも、「手ぶらで引っ越し」を謳っているサービスがある。これは、家具や家電のレンタルで、従来から存在するが、「モノを所有しない合理性」を美徳とする現代の指向に合っている。

本当に気に入ったものだけを買うための“お試し”だとも言える。自分の好みに合うのかどうか。本当に楽しいのか。それを見極めるためには、“お試し”が有効である。

あらゆるところで“手ぶら体験(お試し)”ができれば、これまで手を出さなかった世界にも、興味を持つようになるかもしれない。これは、あらゆる分野のビジネスチャンスである。

消費者に“手ぶら体験”をさせる方法を考えてみれば良い。

posted by 佐藤きよあき at 09:37| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月03日

沖縄・石垣島のスーパーに、台湾人が殺到する理由。

いま、石垣島が熱い。外国人旅行者が年々増加している。そのうちの8割が台湾人だという。食と観光、ショッピングが目的で、特にショッピングに重点を置いている。

なぜ、台湾人がわざわざ買い物にやって来るのか。東京・大阪ではなく、石垣島を選ぶ理由は何か。そこには、石垣島の観光戦略が隠されていた。

石垣島は、ほんの数年前まで僻地だった。本土から行くにも、沖縄本島経由でしか行けなかった。自然豊かな、美しい島でありながらも、その不便さゆえに、観光客は頭打ちとなっていた。

ところが、2013年に新空港ができ、本土からの直行便が頻繁にやって来るように。これで、一気に観光客が増えた。

それだけではない。台湾からの直行便もチャーター便も増えている。台湾からすれば、石垣島はもっとも近い外国なのである。しかも、台湾人にとって日本は非常に魅力的な国である。そこに、約1時間で行けてしまうのだから、気軽に足を運ぶようになる。

また、台湾・石垣間には、豪華クルーズ船が就航するようになった。贅沢な船の旅を楽しみながら、気軽に海外旅行ができるのである。

しかも、このクルーズ船は、2泊3日で約3万3千円からと、非常に安くなっている。空と海の玄関口が整備されたことで、外国人、特に台湾人が来やすくなったのである。

そんな台湾人にもっとも人気のあるスポットが、沖縄のローカルスーパー「サンエー」である。ここを目的にやって来ると言っても良いくらい、台湾人で溢れかえっている。

特に変わったものを売っているわけでもなく、ごく普通のスーパーである。彼らの目当ては、菓子・薬・フルーツなどである。

日本の菓子や薬が、アジア系の人に人気があるのは周知のことだが、フルーツの宝庫である台湾の人が、なぜ日本のフルーツを買うのか。

台湾人は口を揃えて言う。「日本の桃が旨い」と。台湾のフルーツは水分が多く、水分補給のために食べている。だが、日本のフルーツは甘みが強く、味が濃い。

中でも桃が大人気で、続いてイチゴ、リンゴとなる。そんなフルーツを求めて、スーパー「サンエー」に行くのである。

この店が特別なフルーツを揃えているわけではない。だが、台湾人の間では「ここに行け!」という情報が拡散されているようだ。

SNSによると思われるが、それが元で、ツアーバスがこの店に連れて行くようにもなった。他にもスーパーはあるのだが、なぜか「サンエー」である。沖縄県下では最大規模のチェーン店なので、その品揃えで選ばれているのかもしれない。

当たり前のことだが、商品のほとんどが日本製である。ということは、台湾人にとってはほとんどが「ジャパンブランド」なのである。信頼できる品質で、安心して買うことができる。

菓子も薬もフルーツも。どれもこれもが魅力的に見えるだろう。買うこと=楽しいこと、なのである。

台湾人は、石垣島の美しい自然を愛で、石垣島の食を堪能し、ショッピングを楽しんで、帰って行く。

こうした状態を創り出すまでには、石垣島の人たちの地道な努力があった。偶然、石垣島が注目されたのではない。

新空港の開港、石垣港の整備、石垣市職員の台湾駐在、台湾と石垣との交流イベントなど、観光客誘致のための働きかけを、何年にも渡って続けてきたのである。その結果、いまの成功に繋がっているのである。

最近では、「公衆WiFiの設置」や「観光アプリの開発」にも取り組み、より快適な旅を提供しようとさらなる努力をしている。地方の一都市、離島が、そこまでやることはない。だが、石垣島はやってのけたのである。

日本における観光立国の先駆者だと言っても良いだろう。観光資源に胡座をかかない取り組みが、見事な成果に繋がったのである。

posted by 佐藤きよあき at 08:24| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月26日

赤字鉄道への税金の投入は、正しいのか?

「ぬれ煎餅」で一躍有名になった銚子電鉄。鉄道事業の赤字を解消するために考えた「ぬれ煎餅」が爆発的に売れ、廃線の危機を乗り越えた。ところが数年経ち、鉄道事業のさらなる悪化が進み、再び廃線の危機となっている。

乗降客が、ぬれ煎餅で注目された頃の約半分にまで落ち込んでいるという。いまでは、鉄道事業の売り上げが、ぬれ煎餅の4分の1となってしまった。

車両をはじめ、設備の老朽化が進んでいるが、買い替えや整備の費用が捻出できないでいる。ぬれ煎餅では補えない金額のため、銚子市に支援を求めているが、市も財政難を理由に、難色を示している。このままでは、廃線となる。

赤字鉄道の廃線はよくあることだが、行政の支援によって、存続されるケースも多い。その判断の基準は、「地域住民がどれほど必要としているか」。すなわち、公共性。これが、第一義である。

では、銚子電鉄の場合はどうか。2011年の年間乗車数が、約48万人。1日にすると、約1300人。ここには観光客も含まれるため、実質“必要とする人”がどれほどいるかは不明。銚子市の人口は約68,700人なので、仮に毎日利用する必要者が1300人だとしても、全体の52分の1である。

ここに、数億円の税金を投入することは、本当に正しいのか。利用しない約67,000人の税金も使わなければならないのである。数が少ないから切り捨てても良い、ということにはならないが、税金の投入には慎重であるべき。バスの代替で賄えるのではないのか。

会社としても、公共性を考えて副業で補ってきたのかもしれないが、“ビジネス”としては間違った方法である。副業で本業を支えても意味はない。一時的に支えたとしても、その間に本業をテコ入れしなければならない。銚子電鉄は、ぬれ煎餅に甘えてしまったのかもしれない。

本業に見込みがなくなった以上、「不採算部門」として整理するしかない。ここで、もし税金を投入したら、市の財政を圧迫し続け、住民サービスに影響が出てくる。それは、避けなければならない。

posted by 佐藤きよあき at 14:22| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月19日

「ふるさと納税」したくなる町づくりを。

「ふるさと納税」の制度が始まり、その寄付金によって潤った町もある。郷土への想いや応援したいという願いを、眼に見えるカタチで届けることができるようになった。その点においては、一応の成果があったと見ることはできる。だが、問題がないわけではない。

寄付することによって、所得税と住民税が控除されるのだが、それは居住地への納税が軽減されることを意味する。つまり、居住地の税収が少なくなるということである。

納税者は居住地で住民サービスを受けているにも関わらず、他の地域に税金の一部を支払っていると捉えることもできる。これは、矛盾しているのではないか。寄付するのは勝手だが、それによって居住地の税収が減るのは間違っている。

また、寄付する先が片寄るという問題もある。みんなが郷土に寄付するのなら良いが、好きな町に寄付する人も多い。自然豊かなところだから、歴史があるから、という理由で寄付すると、かなり片寄ることになる。

そういう地域は潤い、そうではない地域には誰も見向きもしない、ということも起きてくる。こう考えると、この制度は廃止した方が良いのではないかと思えてくる。だが、一度導入したものを即撤回することはできないだろう。

ならば、発想を転換して、もっとこの制度を利用する方法を考えるべきではないか。町づくりに活用するのである。

いま、「ふるさと納税」を伸ばすために、各地域では、寄付してくれた人に特産品をプレゼントするなどして、一所懸命に呼びかけている。モノで釣ろうとしている。だが、そんなことで寄付する気にはなれない。

その地域への思い入れがなければ、寄付しようという気にはならないのである。思い入れ、すなわち町に何らかの魅力があるということ。好きな町であるということ。

好きになってもらえる町にならなければいけない。「ふるさと納税」したくなる町づくりをしなければならないのである。魅力ある町ならば、行ってみたくなるし、寄付もしたくなる。住みたいと思うようになるかもしれない。

モノで釣るような、一過性の寄付では何にもならない。一部の人たちによって、ネット上には「どこに寄付するのが得か?」といった情報も流されているが、そんな不純な動機では、何の意味も持たない。純粋な寄付をしてもらえるような町づくりを目指すべきである。

posted by 佐藤きよあき at 09:22| 基礎講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする